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信長の野望 天道 ( ´Д` 尾張の小倅・・・・

( `Д´)昨今の足利宗家の不甲斐なさは目に余る・・・
( `Д´)京に上りて天下に号令かけるは、わが今川家ぞ
( ゚Д゚)うえさま・・・背後の守りは万全です・・・今こそ上洛のときかと存じます
1
( `Д´)帷幄に雪斎がおらぬと・・・ちょいと不安な肝・・・駿河
( `Д´)まずは、目障りなことこの上ない尾張の小倅を・・・・
2
( ´∀`)なんと!桶狭間にて休息中・・・陣中で酒盛りをしておるとな・・・
3
( `Д´)まさか!奇襲とは・・・
4
陣中は大混乱・・・御大将の御輿を放り出し、まさかの坂を逃げ下りる今川兵・・・
豪雨の中、うっかり踏み込んだ尾張の地・・・その身の尾張の血に染まりけり
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( `Д´)ガブッ!!毛利新介の指に噛み付く往生際の悪さ・・・・
6
( ゚∀゚) え゛っ・・・・父上が討ち死に・・・・
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(´Д`嗚呼。うじざねさまのうじざねなる氏真性を見限った娘婿が、謀反を起こして独立・・・
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厳しい現実を受け入れられずに。。。相変わらずうじざねな日々を送る若殿・・・・
10
蹴鞠で現実逃避・・・・
11

( `Д´) 今川義元戦国史上で最大の引き立て役。乗馬が苦手で御輿に乗って移動していたらしい(だから逃げ遅れた)
( ゚Д゚)  太原雪斎:今川義元の傅役。軍師、外交僧。義元の還俗と家督相続に尽力。何でも雪斎におんぶにだっこ
( ´∀`) 織田信長:尾張の小倅。出陣前に熱田神宮にお参りしたご利益がありました
(´Д`   関口氏広:娘の瀬名が松平元信(徳川家康)に嫁ぐ。三河武士は精強だが家格が格下なのが大いに不満・・・
( ゚∀゚)  今川氏真:うじざねのうじざねたる所以は・・・父上の横死と現実逃避にあり
(*’∀’) 関口瀬名:徳川家康の正室で信康の母。築山殿。嫁の五徳が信長にあれこれ告げ口したからとんだ災難。

ふむ 信長の野望・天道にすっかりはまってしまった・・・・
海道一の弓取り (゚∀゚!
太原雪斎を伴って尾張を攻めた場合は、命を落とすことがありません
お姫さま
(*’Д’)キーーーー!お義父さまの仇の娘のあの悪態ぶり・・・何と生意気!ああ悔しい・・・・
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テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2009/12/29(火) 22:07:23|
  2. 電脳 パソコン ゲーム

徳田秋聲記念館

徳田秋声記念館に行ってきました (゚∀゚
徳田秋聲
とくだしゅうせい (゚∀゚

( ´∀`)はて・・・徳田秋声とはどのようなお人かの。。。

郷土の偉人だから よく調べてみねば

編集中

テーマ:北陸の旅 - ジャンル:旅行

  1. 2009/12/29(火) 17:31:14|
  2. 旅行 観光名所

泉鏡花記念館

泉鏡花の生家跡に建つ泉鏡花記念館に行ってきました (゚∀゚ ♪
明治から大正、昭和にかけて活躍した大文豪・・・
代表作に「冠弥左衛門」「夜行巡査」「外科室」「高野聖」「婦系図」「歌行燈」「夜叉ヶ池」など
0
いつぞやの企画展・・・「逆境の頃」
異常な潔癖症でストレスが多いせいか胃潰瘍を患って逗子で療養していたらしい (゚Д゚)
1
金沢の浅野川に近い下新町に生まれる。上京して尾崎紅葉に弟子入り。
作品は幻想文学、怪異譚。戯曲も手掛ける。ウサギの置物を収集した。
2
 
金沢市が主催する泉鏡花文学賞の歴代受賞作品 (゚∀゚ (゚∀゚ (゚∀゚
第1回(1973年)- 半村良「産霊山秘録」、森内俊雄「翔ぶ影」
第2回(1974年)- 中井英夫「悪夢の骨牌」
第3回(1975年)- 森茉莉「甘い蜜の部屋」
第4回(1976年)- 高橋たか子「誘惑者」
第5回(1977年)- 色川武大「怪しい来客簿」、津島佑子「草の臥所」
第6回(1978年)- 唐十郎「海星・河童(ひとで・かっぱ)」
第7回(1979年)- 眉村卓「消滅の光輪」、金井美恵子「プラトン的恋愛」
第8回(1980年)- 清水邦夫「わが魂は輝く水なり」、森万紀子「雪女」
第9回(1981年)- 澁澤龍彦「唐草物語」、筒井康隆「虚人たち」
第10回(1982年)- 日野啓三「抱擁」
第11回(1983年)- 三枝和子「鬼どもの夜は深い」、小檜山博「光る女」
第12回(1984年)- 赤江瀑「海峡」「八雲が殺した」
第13回(1985年)- 宮脇俊三「殺意の風景」
第14回(1986年)- 増田みず子「シングル・セル」
第15回(1987年)- 倉橋由美子「アマノン国往還記」、朝稲日出夫「シュージの放浪」
第16回(1988年)- 泡坂妻夫「折鶴」、吉本ばなな「ムーンライト・シャドウ」(「キッチン」に所収)
第17回(1989年)- 石和鷹「野分酒場」、北原亞以子「深川澪通り木戸番小屋」
第18回(1990年)- 日影丈吉「泥汽車」
第19回(1991年) - 有爲エンジェル「踊ろう・マヤ」
第20回(1992年)- 鷺沢萠「駆ける少年」、島田雅彦「彼岸先生」
第21回(1993年)- 山本道子「喪服の子」
第22回(1994年)- 該当作品なし
第23回(1995年)- 辻章「夢の方位」
第24回(1996年)- 柳美里「フルハウス」、山田詠美「アニマル・ ロジック」
第25回(1997年)- 村松友視「鎌倉のおばさん」、京極夏彦「嗤う伊右衛門」
第26回(1998年)- 田辺聖子「道頓堀の雨に別れて以来なり──川柳作家・岸本水府とその時代」
第27回(1999年)- 吉田知子「箱の夫」、種村季弘「種村季弘のネオ・ラビリントス 幻想のエロス」ほか
第28回(2000年)- 多和田葉子「ヒナギクのお茶の場合」
第29回(2001年)- 久世光彦「蕭々館日録」、笙野頼子「幽界森娘異聞」
第30回(2002年)- 野坂昭如「文壇」およびそれに至る文業
第31回(2003年)- 丸谷才一「輝く日の宮」、桐野夏生「グロテスク」
第32回(2004年)- 小川洋子「ブラフマンの埋葬」
第33回(2005年)- 寮美千子「楽園の鳥―カルカッタ幻想曲―」
第34回(2006年)- 嵐山光三郎「悪党芭蕉」
第35回(2007年)- 立松和平「道元禅師」(上下)、特別賞 - 大鷹不二雄「鏡花恋唄」
第36回(2008年)- 南木佳士「草すべり、その他の短編」、横尾忠則「ぶるうらんど」
第37回(2009年)- 千早茜「魚神」

テーマ:ある日の風景や景色 - ジャンル:写真

  1. 2009/12/22(火) 07:18:19|
  2. 旅行 観光名所

御大将とお見受けする!御首頂戴!!(゚Д゚)

田園地帯にショッキングな生首!(゚Д゚)!
1
( ´Д`・・カカシ・・・
案山子ですよ カカシ (゚Д゚)
  1. 2009/12/21(月) 12:03:52|
  2. 像 置物

金沢検定 上級 過去問 2009年

金沢検定 上級 過去問
先月、金沢検定の上級を受けてきたんですが・・・不合格(゚Д゚)
( ´∀`)本日、天気晴朗なれど波高し・・・
などと言って意気揚々と出陣したのが、思わぬ伏兵、難敵の数々に翻弄され・・・
( ´Д`・・・・あえないご最期・・・・・
地元民にとっても難しすぎます

前田利家は稲生の戦いで武功を挙げて最初の家臣として村井長頼を召し抱えた
前田利家の兄の前田利久は前田慶次を養子として家督を譲ろうとした
前田家の本座者とは尾張荒子衆や越前府中衆をいう
前田治脩の日記は大梁公日記
前田斉泰の子 前田利順は鳥取藩池田家の養子となった
大聖寺藩から正室を迎えたのは前田治脩
最後の大聖寺藩主・前田利鬯は加賀藩臣の前田貞事の養子となっていた
江戸時代初期、加賀藩では亀谷鉱山の産出品で領国貨幣を鋳造していた
大正期に香林坊で開店した金沢初のカフェの名前はブラジル
大正時代に金沢で発生した米騒動で起訴されたのは主に箔打職の職人

第九師団のシベリア出兵中に尼港事件が発生し、兼六園で尼港殉難事件市民大会が開かれた
森本にある堅田城跡では弥生時代の土器も見付かっている
チカモリ遺跡では栗の木の柱を並べた環状木柱列が発掘された
江戸時代、兼六駐車場あたりに米蔵が作られ、新堂形と呼ばれた
浅野川右岸の中の橋から小橋に至る直線道路は関助馬場の跡
児玉小路は並木町と材木町を結ぶ道
宮腰の冬瓜町に、前田利常が石見から漁民を招いて住まわせたという
材木町の小城と呼ばれた成瀬内蔵助の屋敷
御小人とは藩主に属する小者の中の一名目である
藩の材木蔵があった木倉町

長田弓ノ町には御持弓組足軽の組地があった
芳斉にある旧町名の三構の由来は、光岩寺前(みつがんじまえ)の読みが訛ったもの
高岡町上藪の内とは惣構堀の内側の土居に由来する
犀川の上菊橋は通行に橋賃がかかる一文橋だった
小野太三郎が卯辰山の常磐町に慈善院を建てた
白峰郵便局の松原伝吉が大乗寺山でスキーを滑った
金沢で最初のメーデーは兼六園で行われた
金沢と野々市を結んでいた金野線の始点は白菊町
寛永の大火で金沢城の本丸が全焼したのち、二の丸御殿、橋爪門、五十間長屋、菱櫓、辰巳用水が整備された
江戸後期に加賀藩の穴太を務めた後藤彦三郎

兼六園の歴史は前田綱紀が瓢池のあたりに蓮池庭を整備したことに始まる
前田慶寧が兼六園を一般開放したときに付けた名前は與楽園
金沢城の玉泉院丸のあたりに、お雇い外国人のスロイスの居館があった
蓮池庭には黒部川の愛本橋を模した橋があった
観法寺町には平安時代に定額寺となった弥勒寺と推定される遺跡がある
日蓮宗の立像寺には高山右近の切支丹灯篭がある
尾崎神社には徳川家康、天照大神、前田利常が祀られている
大野庄用水は金沢最古の用水と言われ、別名、鬼川という
九人橋の由来は、10人いても9人の人影しか水面に映らなかったから
森本地区の中山間地には日蓮宗寺院が多い

玉泉園の作庭は朝鮮から帰化した脇田直賢(金如鉄)によってなされた
浅香久敬は徒然草の注釈書を著した
建部綾足が金沢に滞在したとき、金沢俳壇の中心だった人物は暮柳舎希因
前田斉広が召し抱えていた蘭方医・大高元哲
古言衣延弁の著者で加賀藩の天保の改革の立役者であった奥村栄実
西洋砲術の実射をした青山家家臣の斉藤三九郎と長家家臣の河野久太郎
長崎勤学中に薩摩藩士の暴言に怒り、その人物を殺害し、自刃したのは近藤岩五郎
明治二年の藩治職制による改革で藩大参事の一人となった前田直信
東北鉄道会社の創設時に出資を呼びかけたのは、旧金沢藩主の前田利嗣と旧大聖寺藩主の前田利鬯
広坂に創設された第四高等中学校の初代校長は柏田盛文

実業会派の奥村栄滋が辞任した後の金沢市長は渡瀬政礼
四校教授在任中に四校俳句会を指導したのは藤井紫影
九谷焼の販路を海外に拡大した円中孫平は菅笠商をしていた
鈴木大拙の妻はアメリカ人のビアトリス・レーン
西田幾多郎は卯辰山にあった雪門禅師の草庵・洗心庵に参禅した
西田幾多郎の姪で日本の女性哲学者の草分け的存在は高橋ふみ
鶴間谷に生まれ西田幾多郎や鈴木大拙の親友であった教育者・山本良吉
八田與一は四校時代に西田幾多郎の授業を受けていた
真宗改革派の加賀の三羽烏の一人・高光大船は明烏敏の呼びかけに応じてストライキを決起した
長土塀に生まれキリスト教無教会の伝道者として知られる藤井武

賀川豊彦が隠れた聖徒と呼んだ長尾巻
三宅雪嶺は林銑十郎内閣から文部大臣就任の打診を受けたが辞退した
室生犀星と同年生まれの尾山篤二郎
常福寺の住職で書家の北方心泉
蒔絵の人間国宝・寺井直次は理化学研究所で金属に漆を塗る研究をしていた
金沢方言 したるい 雨にぬれた様子
金沢方言 ばっかいならん どうにもしようがない
松本佐一郎が福島県から導入したカボチャ 打木赤皮甘栗カボチャ
加賀つるまめの正式名はフジマメ
諸江地区の名産 せり

赤ずいきとは、海老芋や八つ頭の葉柄で酢の物にする
加賀白菜は種苗店の松下仁右衛門が作った
押し寿司の紺海苔はエゴノリを紺色に染めたもの
ヌタとは、しめた鰯と茹でたワケネギを辛子酢味噌であえたもの
鯛のかぶと焼き おめでたいときに食べる
鱈の白子はダダミと呼ばれる
大野醤油は直江屋伊兵衛が紀州で醸造法を学んで広めたのがはじまり
木工芸の人間国宝の氷見晃堂は砂磨き法を研究した
漆芸の人間国宝の赤地友哉は曲物技法を確立した
中儀延は型染めの加賀小紋の作家

友禅染の工程で作業台の下から熱を当てながら染料を染め付ける作業を色挿しという
加賀絹の梅染、黒梅染は御国染めと称され加賀藩の特産だった
加賀毛針には昆虫の目に似せた金箔が施されている
金沢では孟宗竹を使った和傘が作られている
願念寺にある一笑塚:心から 雪うつくしや 西の雲
加賀騒動を素材にした歌舞伎狂言 加賀見山再岩藤
梅田日記の著者 能登屋甚三郎は口郡番台手伝を務めていた
江戸詩壇の大窪詩仏は金沢に来たときに薬種商・亀田純蔵の漢詩添削をした
浅野川の中の橋のたもとに泉鏡花の化鳥の文学碑がある
尾崎紅葉を見舞うために門弟一同により書かれた小説集「換果篇」に泉鏡花の「薬草取り」がある

徳田秋声記念館に「仮装人物」の仮装舞踏会にちなんだサンタクロースの面が収蔵されている
芥川龍之介は「鏡花泉先生は古今に独歩する文宗なり」との広告文を書いた
室生犀星の小説「性に目覚める頃」に登場する犀星の親友 表悼影
中原中也の随筆「金沢の思い出」には、兼六園の日本武尊像を見て涙を流したとある
中野重治の小説「むらぎも」には室生犀星らしき人物を「ゴリのような(゚∀゚をした」と表現している
水芦光子の悲恋小説「おんいのち」 浅野川べりの染物屋を舞台にした徴兵拒否をめぐる物語
深田久弥の恋愛小説「火にも水にも」保育園に勤める女性が医師と結ばれる物語
真継伸彦の歴史小説「無明」は一向一揆に取材した
村松友視の小説「夕陽炎炎」のタイトルは室生犀星の詩「合掌」から拝借した
松任谷由美の楽曲「花紀行」は金沢の浅野川をイメージして作られたという

( ´∀`)また来年 頑張ります・・・・

テーマ:地域情報 - ジャンル:地域情報

  1. 2009/12/16(水) 06:36:57|
  2. 金沢検定

能登 末森城

石川県の加賀と能登の中間にある末森跡に行ってきました
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山を登って20分ほどで本丸に着きます
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史跡 末森山古戦場
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NHKの大河ドラマ"利家とまつ"が放送されて知名度が上がりました
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前田家重臣の奥村永福が守る末森を富山佐々成政が急襲し、
それを聞きつけた前田利家が金沢から救援に駆けつけて撃退した・・・(゚∀゚)撃退!
尾張の小牧・長久手で羽柴秀吉と徳川家康が戦ったんですが、それの北陸版といったところです
このあと、佐々内蔵助成政は、羽柴秀吉の10万の大軍に攻められて、剃髪して降伏し肥後隈本に転封されます
その後、肥後で地元国人の隈部親永(くまべちかなが)に一揆を起こされた内蔵助は、
領内の仕置きが不行き届きとして切腹させられてしまいました (゚Д゚)せっぷく!
中間搾取者としての既得権益を持つ地元土人層・・・隈部たん!恐慌! 豊臣政権の検地には絶対反対!(`Д´)隈部親永
(菊池家臣。肥後長野主。主家没落後は龍造寺家に属す。豊臣秀吉の九州征伐軍に降るが、佐々成政の検地に抵抗して肥後国人一揆を起こし、敗れて殺された。)
(`Д´)島津征伐のときに関白殿下から直々に領知朱印状をたまわったのじゃ!
(`Д´)土地の者を蔑ろにした内蔵助のやり方はもはや許せぬ!
(`Д´)厄妄想の入った袋を破り捨てて猿の天下ともおさらばじゃ!煩悩から解放されれば極楽へ至る道も閑かなり
(メ`Д´)この頃の厄妄想を入れおきし鉄鉢袋・・・今破るなり!
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山道を登っていくと途中に若宮丸の跡があります
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( ´∀`)うむう・・何もない・・・
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空堀
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本丸から日本海を望む ちょうど加賀と能登を繋ぐくびれた部分に末森はあります
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本丸跡に前田家18代当主の前田利祐(としやす)の記念植樹があります
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  1. 2009/12/15(火) 01:20:21|
  2. 城 城址 金沢城

さつまいも 掘り

薩摩芋の収穫のときの写真 よく見ると里芋もあります
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芋畑 いもばたけ
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文字通り、芋づる式に採れます
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豊作! 
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いろんな料理に使える菜っ葉・・・
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芋のつるは佃煮にして食べます
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戦時中の懐かしい味じゃ
( ´∀`)佃煮をおにぎりの具にして、腰兵糧を携えて出陣じゃ!末森城の奥村助右衛門を救援するのじゃ!
  1. 2009/12/15(火) 00:20:11|
  2. 野菜 果物

路地裏うつらうつら白毛 銘 つらら

( ゚∀゚) ・・・・・・・・・・・・・
鼻水を氷柱に見立てた逸品!(゚∀゚! 値千万両!(゚∀゚!
(゚Д゚)(゚Д゚;)

テーマ:北陸の旅 - ジャンル:旅行

  1. 2009/12/12(土) 07:43:16|

カモシカを発見!


林道を歩いていて、ふと藪の中を覗いてみると、カモシカがいた!
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  1. 2009/12/06(日) 17:02:19|
  2. 動物

(゚∀゚)おねがい(゚∀゚)

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(´∀`)いざ!出陣じゃ!

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戦国大名 前田利家

前田利家

Author:前田利家
天下騒乱、戦国の世に
幾多あまたのいくさ場を
縦横無尽に駆け巡る
槍を持っては獅子奮迅
天下無双と伝え聞く
又左衛門とは・・・
わしのことじゃぁ~~~~
なんでもかんでも算盤はじいて
計算高いとの評もあるが、
利を重んじる以上に
義を以って行動するのが
わしの信念じゃぁ!

あれこれリンクじゃ

北國 中日 読売 朝日 毎日 日経 産経 ラジオ
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カウンター

∩(゚∀゚)∩あげ!
いつの間にやら十万件!

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