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金沢検定 上級 過去問 2009年

金沢検定 上級 過去問
先月、金沢検定の上級を受けてきたんですが・・・不合格(゚Д゚)
( ´∀`)本日、天気晴朗なれど波高し・・・
などと言って意気揚々と出陣したのが、思わぬ伏兵、難敵の数々に翻弄され・・・
( ´Д`・・・・あえないご最期・・・・・
地元民にとっても難しすぎます

前田利家は稲生の戦いで武功を挙げて最初の家臣として村井長頼を召し抱えた
前田利家の兄の前田利久は前田慶次を養子として家督を譲ろうとした
前田家の本座者とは尾張荒子衆や越前府中衆をいう
前田治脩の日記は大梁公日記
前田斉泰の子 前田利順は鳥取藩池田家の養子となった
大聖寺藩から正室を迎えたのは前田治脩
最後の大聖寺藩主・前田利鬯は加賀藩臣の前田貞事の養子となっていた
江戸時代初期、加賀藩では亀谷鉱山の産出品で領国貨幣を鋳造していた
大正期に香林坊で開店した金沢初のカフェの名前はブラジル
大正時代に金沢で発生した米騒動で起訴されたのは主に箔打職の職人

第九師団のシベリア出兵中に尼港事件が発生し、兼六園で尼港殉難事件市民大会が開かれた
森本にある堅田城跡では弥生時代の土器も見付かっている
チカモリ遺跡では栗の木の柱を並べた環状木柱列が発掘された
江戸時代、兼六駐車場あたりに米蔵が作られ、新堂形と呼ばれた
浅野川右岸の中の橋から小橋に至る直線道路は関助馬場の跡
児玉小路は並木町と材木町を結ぶ道
宮腰の冬瓜町に、前田利常が石見から漁民を招いて住まわせたという
材木町の小城と呼ばれた成瀬内蔵助の屋敷
御小人とは藩主に属する小者の中の一名目である
藩の材木蔵があった木倉町

長田弓ノ町には御持弓組足軽の組地があった
芳斉にある旧町名の三構の由来は、光岩寺前(みつがんじまえ)の読みが訛ったもの
高岡町上藪の内とは惣構堀の内側の土居に由来する
犀川の上菊橋は通行に橋賃がかかる一文橋だった
小野太三郎が卯辰山の常磐町に慈善院を建てた
白峰郵便局の松原伝吉が大乗寺山でスキーを滑った
金沢で最初のメーデーは兼六園で行われた
金沢と野々市を結んでいた金野線の始点は白菊町
寛永の大火で金沢城の本丸が全焼したのち、二の丸御殿、橋爪門、五十間長屋、菱櫓、辰巳用水が整備された
江戸後期に加賀藩の穴太を務めた後藤彦三郎

兼六園の歴史は前田綱紀が瓢池のあたりに蓮池庭を整備したことに始まる
前田慶寧が兼六園を一般開放したときに付けた名前は與楽園
金沢城の玉泉院丸のあたりに、お雇い外国人のスロイスの居館があった
蓮池庭には黒部川の愛本橋を模した橋があった
観法寺町には平安時代に定額寺となった弥勒寺と推定される遺跡がある
日蓮宗の立像寺には高山右近の切支丹灯篭がある
尾崎神社には徳川家康、天照大神、前田利常が祀られている
大野庄用水は金沢最古の用水と言われ、別名、鬼川という
九人橋の由来は、10人いても9人の人影しか水面に映らなかったから
森本地区の中山間地には日蓮宗寺院が多い

玉泉園の作庭は朝鮮から帰化した脇田直賢(金如鉄)によってなされた
浅香久敬は徒然草の注釈書を著した
建部綾足が金沢に滞在したとき、金沢俳壇の中心だった人物は暮柳舎希因
前田斉広が召し抱えていた蘭方医・大高元哲
古言衣延弁の著者で加賀藩の天保の改革の立役者であった奥村栄実
西洋砲術の実射をした青山家家臣の斉藤三九郎と長家家臣の河野久太郎
長崎勤学中に薩摩藩士の暴言に怒り、その人物を殺害し、自刃したのは近藤岩五郎
明治二年の藩治職制による改革で藩大参事の一人となった前田直信
東北鉄道会社の創設時に出資を呼びかけたのは、旧金沢藩主の前田利嗣と旧大聖寺藩主の前田利鬯
広坂に創設された第四高等中学校の初代校長は柏田盛文

実業会派の奥村栄滋が辞任した後の金沢市長は渡瀬政礼
四校教授在任中に四校俳句会を指導したのは藤井紫影
九谷焼の販路を海外に拡大した円中孫平は菅笠商をしていた
鈴木大拙の妻はアメリカ人のビアトリス・レーン
西田幾多郎は卯辰山にあった雪門禅師の草庵・洗心庵に参禅した
西田幾多郎の姪で日本の女性哲学者の草分け的存在は高橋ふみ
鶴間谷に生まれ西田幾多郎や鈴木大拙の親友であった教育者・山本良吉
八田與一は四校時代に西田幾多郎の授業を受けていた
真宗改革派の加賀の三羽烏の一人・高光大船は明烏敏の呼びかけに応じてストライキを決起した
長土塀に生まれキリスト教無教会の伝道者として知られる藤井武

賀川豊彦が隠れた聖徒と呼んだ長尾巻
三宅雪嶺は林銑十郎内閣から文部大臣就任の打診を受けたが辞退した
室生犀星と同年生まれの尾山篤二郎
常福寺の住職で書家の北方心泉
蒔絵の人間国宝・寺井直次は理化学研究所で金属に漆を塗る研究をしていた
金沢方言 したるい 雨にぬれた様子
金沢方言 ばっかいならん どうにもしようがない
松本佐一郎が福島県から導入したカボチャ 打木赤皮甘栗カボチャ
加賀つるまめの正式名はフジマメ
諸江地区の名産 せり

赤ずいきとは、海老芋や八つ頭の葉柄で酢の物にする
加賀白菜は種苗店の松下仁右衛門が作った
押し寿司の紺海苔はエゴノリを紺色に染めたもの
ヌタとは、しめた鰯と茹でたワケネギを辛子酢味噌であえたもの
鯛のかぶと焼き おめでたいときに食べる
鱈の白子はダダミと呼ばれる
大野醤油は直江屋伊兵衛が紀州で醸造法を学んで広めたのがはじまり
木工芸の人間国宝の氷見晃堂は砂磨き法を研究した
漆芸の人間国宝の赤地友哉は曲物技法を確立した
中儀延は型染めの加賀小紋の作家

友禅染の工程で作業台の下から熱を当てながら染料を染め付ける作業を色挿しという
加賀絹の梅染、黒梅染は御国染めと称され加賀藩の特産だった
加賀毛針には昆虫の目に似せた金箔が施されている
金沢では孟宗竹を使った和傘が作られている
願念寺にある一笑塚:心から 雪うつくしや 西の雲
加賀騒動を素材にした歌舞伎狂言 加賀見山再岩藤
梅田日記の著者 能登屋甚三郎は口郡番台手伝を務めていた
江戸詩壇の大窪詩仏は金沢に来たときに薬種商・亀田純蔵の漢詩添削をした
浅野川の中の橋のたもとに泉鏡花の化鳥の文学碑がある
尾崎紅葉を見舞うために門弟一同により書かれた小説集「換果篇」に泉鏡花の「薬草取り」がある

徳田秋声記念館に「仮装人物」の仮装舞踏会にちなんだサンタクロースの面が収蔵されている
芥川龍之介は「鏡花泉先生は古今に独歩する文宗なり」との広告文を書いた
室生犀星の小説「性に目覚める頃」に登場する犀星の親友 表悼影
中原中也の随筆「金沢の思い出」には、兼六園の日本武尊像を見て涙を流したとある
中野重治の小説「むらぎも」には室生犀星らしき人物を「ゴリのような(゚∀゚をした」と表現している
水芦光子の悲恋小説「おんいのち」 浅野川べりの染物屋を舞台にした徴兵拒否をめぐる物語
深田久弥の恋愛小説「火にも水にも」保育園に勤める女性が医師と結ばれる物語
真継伸彦の歴史小説「無明」は一向一揆に取材した
村松友視の小説「夕陽炎炎」のタイトルは室生犀星の詩「合掌」から拝借した
松任谷由美の楽曲「花紀行」は金沢の浅野川をイメージして作られたという

( ´∀`)また来年 頑張ります・・・・

テーマ:地域情報 - ジャンル:地域情報

  1. 2009/12/16(水) 06:36:57|
  2. 金沢検定

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戦国大名 前田利家

前田利家

Author:前田利家
天下騒乱、戦国の世に
幾多あまたのいくさ場を
縦横無尽に駆け巡る
槍を持っては獅子奮迅
天下無双と伝え聞く
又左衛門とは・・・
わしのことじゃぁ~~~~
なんでもかんでも算盤はじいて
計算高いとの評もあるが、
利を重んじる以上に
義を以って行動するのが
わしの信念じゃぁ!

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